No.005 雲は行く/往来トリオ

『雲は行く』
林栄一(s)、斎藤徹(b)、小山彰太(ds)
ORCD-005

絵:

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1.リア王復活のテーマ 10'43"

Theme from "Rear's Reawakening

2.69Q 8'53"

3.オンバク・ヒタム/琉球弧編 11'07"

OMBAK HITAM/RYU-KYU-KO

4.インヴィテイション 14'09"

Invitation

5.ビリンバウ 10'49"

BERIMBAU

6.雲は行く 8'44"

Clouds moves

録音:アケタの店 2000年6月21日

マスタリング:小川 洋


「往来トリオを聴きながらジャズ・ルーツ五大異端説を思い出した」

 前回のアルバム『往来』といい、このCDといい、とてつもなく感動した。声明との

セッションにゾクゾクし、エリントンやミンガスの著名な曲や「リア王復活のテーマ

」「オンバム・ヒタム」では小さいとき馴染んだ子守唄か何かのような懐かしさがこ

みあげてくる。私は声明もエリントンの音楽も沖縄の音楽もブラジルの音楽も縁遠い

能登のイナカで育った人間なのに。思えばこれは私の場合、斎藤徹氏の音楽を聴いて

いるとき常に生じる反応なのだった。ソロで即興演奏するときでもタンゴを演奏する

ときでも韓国シャーマンとの共演でも箏のような邦楽器との共同作業でも欧米の最先

鋭インプロヴァイザーとの共演でも。なんで? コントラバス奏者か風鈴売りの行商

人か一見わからないようにいろいろ小道具をつけたり、妙な棒でギーギーこするのを

初めて観たときはショックを受けたけど、そうやって出た音は自分でもいつ身につけ

たかも知れない色んな記憶を喚起してくれる不思議な音として病みつきになるまでに

たいして時間はかからなかった。楽器というのは現在では常識となっている形状や奏

法に落ち着くまでにけっこう変更の歴史があったそうだけど、するとその間に、破棄

されたり封印されたりした弾き方や音があったんだろうなと想像する。斎藤氏はそう

いうのを解き放つのが得意なのではないかな、たいへんな音楽博士なんじゃないかな

と想像してしまう。そういった洞察を曲の形にしたのが、斎藤氏の曲なのではないの

かなと思う。往来トリオでは林栄一氏も小山彰太氏もいつにも増してのびのびと多彩

な音の出し方をしているように聴こえるのは、そこらへんに理由があるのではないか

と思ってしまう。セファルディのトラッドとジェリー・ロール・モートンとセロニア

ス・モンクと東欧トラッドとアフロ~ヒスパニック系音楽を検分/再構成した音楽を

やりつつサン・ラーのカヴァーにも興じるアメリカのアンソニー・コールマン氏、ト

ルコのモーツァルトことタンブーリ・ジェミル・ベイの曲やルーマニアの舞踊曲やセ

ルヴィア正教の詠唱曲をアレンジして演奏するベオグラード出身のボヤン・ズルフィ

カルパシチ氏他のようなゴキゲンなミュージシャンたちのジャズに感涙しているよう

な人たちも往来トリオの音楽にはホロリとしているんじゃないかと思う。そんなのま

でジャズと呼ぶ必要があるのかな?という人もいるかもしれないけど、私はジャズと

呼びたい。むかし、ジャズのルーツの議論が盛んだった頃、インド音楽説、トルコ音

楽説、ギリシャ音楽説、スペイン音楽説、さらに「ジャズはオデッサで生まれた」説

なんてものまであったそうだし(みんな異端説にされてしまったそうだけど)、もと

もとそんな議論で賑わったような音楽なのだから。むかしから色んなジャズが演奏さ

れていたからそんな議論も湧いて出たんじゃないのかな。今後もジャズはそんな音楽

であって欲しい。いや、あり得るはずだと、往来トリオを聴いていると確信してしま

う。

岡島豊樹(季刊「ジャズ批評」編集者)